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「それによる繁栄」   エズラ記9章10~12節

エズラ記9章には異民族との婚姻が問題とされています。ここでの問題は単に混血の問題でないことは明らかでしょう。なぜなら、かつてモアブ人ルツがイスラエル人のボアズに嫁ぎましたが、ボアズと彼女との婚姻関係を咎めるような箇所は一切ありませんでした。

ではここでの問題は何か。それは、神が悲しまれる偶像礼拝や不品行が、最も親密で深い結びつきである結婚ということにおいてイスラエルの中に持ち込まれたということです。また当時イスラエルでは、アブラハムへの祝福の約束を保つには、イスラエル人同士の結婚でなければならないと考えられていました。ダビデの子であり、アブラハムの子孫である方がメシヤであり、イスラエルがこの血における純潔を守る必要があると思われていたのです。そのような中で、彼らはカナン人やヘト人などの、モーセの律法において宗教的な純潔さを守るために結婚が禁じられている者たちと、結婚をしていました。

問題は、異教の民との結婚そのものよりも、それによってまことの信仰が失われる事態が生じたところにあるのです。95節からエズラの祈りが記録されています。過去の罪の告白、神のあわれみと神の命令の確認がなされています。それは信仰の純潔さを求める祈りです。

教会においては、未信者との結婚は、「つりあわぬくびき」として反対されることが多いかもしれません(1コリント7:39)。確かに、最初は多少の違いと考えられる宗教の違いも、実際に結婚生活を始めてみれば、余暇の過ごし方、将来設計、子育て、様々な点でその価値観の違いと乗り越えなければならない課題は多々あります。しかし、聖書には「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」(使徒言行録1631節)とあります。間違えてはいけません。大事なのは他の宗教を信じる者との結婚の禁止なのではなく、信仰の純粋さを保つということなのです。

この時に異民族と婚姻を結んだものは、結婚そのものが目的ではなかったようです。12節を読むと分かります。その婚姻が家になんらかの利益をもたらしたようです。神に頼らず、その地を牛耳っている異民族と婚姻を結ぶことによって、家とその身の安泰を計ったり、それが生み出す利益に目を奪われたり、彼らは「それによる繁栄」を求めたのです。そういった問題を今日の箇所は含んでいます。そしてその結果、信仰は純粋さを失い、力を失うのです。

エズラ記のみならず、旧約は、本来そのことを問題としています。異民族との結婚については、イスラエルの民が混血を嫌ったように時代の制約を受けていますが、なぜ彼らは、そして律法は、その結婚を禁じたのかをよく知り、現代において信仰の純粋さを守るという課題に取り組みたいと思います。ただ、それは自らを絶対化し、排他的になるということではなく、絶えず「イエスの教えに帰る」ということだと思います。キリスト教会が別の宗教を信じる者から学ぶということもあり得るのです。ただ、それによって「イエスの教え」から逸脱してしまうことはないのです。この世には様々な概念、価値観、宗教があります。その中で「イエスの教え」、信仰の純粋さを保つことに、もっと注意を注がなくてはなりません。神の愛と恵みの中にのみ生きること、そして信仰の歩みを成熟させることに、心を砕きたいと思います


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