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『ハイビスカスの花』  マタイによる福音書5:43~45

 アメリカのハワイをご存知でしょうか。50番目にできた州です。この州は132の島から成っています。それらの島に昔、人が住み着くようになって、同じ部族の人だけが、仲間だと思える人たちだけで小さい村を作っていきました。ところがそれらの村どうしはちょっとしたことですぐに喧嘩をするのです。村の囲いが隣の村の人に壊された、ということでもあると槍や弓を持って、隣の村をやっつけに行く。そうやっていつも戦争や喧嘩をしていました。

 ある時、もはや何が原因で喧嘩が始まったのか分からないくらい、夢中になって戦っている時、火山が爆発しました。ハワイ島には大きな火山が3つもあるのです。溶岩が流れてきました。村の近くまで迫っています。しかし彼らはまだ喧嘩をしていました。彼らが気付いて「大変だ」「逃げろ」と言った時はもう遅く、沢山の人たちがその溶岩の流れの中に巻き込まれてしまったのです。そして何とか別の高いところに逃げたわずかの人たちだけが助かったのです。その後、一週間雨が降りました。ガスが出て大変でした。でも溶岩は固まって噴火も何とかおさまりました。

生き残った人々は思い出したように、あちらかもこちらからも帰ってきました。自分の家も何もない。周りは岩だらけ。何にもない。「これは大変なことになった」と思っていた時に誰かが言ったのです。「見てごらん、あの丘の上に何かあるよ」岩だけしかないと思われているところに緑の木が見えたのです。それが昔からここで咲いているハイビスカス。今のような大きな花をつけるハイビスカスではなかったのですが、それは綺麗な花を咲かせるハイビスカスでした。皆が山の上にあがってきました。そこには大きな木があり、その木の枝につぼみがありました。みんなお互いに言いました。「君たち、この木の花はどんな花だったか知ってる?」「思い出せないなあ。」「いや知らないなあ。自分たちはいつも喧嘩ばっかりしていて、どんな花が咲いているか誰も気付かなかったんじゃない?」

 人々は山の上でハイビスカスの木を見つけた時、自分たちは喧嘩ばっかりしていて、花の美しさをゆっくり見たことがなかったと思いました。ハワイの人たちは、喧嘩ばかりしていたということに気がついたのです。それは今から200年くらい前のことでした。1794年にみんなで一つの国を作ろう、自分たちの国を作ろう、と言って誕生した国が「カメハメハ王朝」といいます。100年通して喧嘩ひとつしなかった。そしてやがて1950年。ハワイがアメリカの州になりました。その時に州の花、州花を決めようということになりました。そしてハイビスカスに決まりました。

 自分たちが喧嘩ばかりしていた時に、神さまはハイビスカスの花を与えてくださって、そしてどんなに仲良くすることが素晴らしいことか教えてくださいました。だから、「私たちハワイ州の者はみんな一緒に喧嘩しないで仲良く過ごしましょう。」という決意を込めてハイビスカスの花を州花に決めたのではないでしょうか。

 「いつも新しく」「新しい美しさ」「人間の謙虚な知惠」、これがハイビスカスの持っている意味です。人間は喧嘩ばかりしていて、隣の人がどんなに寂しい中に生きているかということを考えないで自分のことだけしか考えなかったら、だんだん美しさがなくなっていくのです。けれども、隣の人やお友だちのことや世界の人たちのことを考えて戦争しないで仲良く暮らすことで、みんな人間の心が素晴らしく美しくなっていく。神さまは花によって私たちに美しいものは何か、ということをあらためて教えてくださっているのだということを、ハワイの州花を決める時にみんなが確認したのではないかと思います。だからハワイの人たちは「仲良くすること、愛し合うこと、みんながお互いを大切にすることを一番大事なものにしましょう」という決意を州の花に込めたのですね。


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