最初の弟子たちは、このイエスさまに従い、初代教会をつくりました。別に人より抜き
ん出て才能があったわけではありません。平凡な、いやむしろ貧しく小さな弱い人たち
でした。その歩む道の行く手には、絶えず困難が伴いました。時は教会にとって迫害の
激しい時代です。理解されない苦しみと、その信仰ゆえに命を狙われる危険が、絶えず
彼らを脅かしていました。しかし、彼らは大きな働きをなしたのです。見事に神の業に
用いられたと言えるでしょう。
旧約の時代のモーセも同じように神に召されました。彼自身はイエスさま
の最初の弟子たちと同じように、小さな弱い不器用な人間でした。そんな
モーセがイスラエルの民を率いて、出エジプトを行ったのです。無謀な企て
とも言えるでしょう。
エジプトからパレスチナまで、なんと40年もかかったといいます。それだ
け旅は困難を極めたのでしょう。聖書はその間、モーセがまとまらない民に
戸惑いながら荒れ野を旅する様子を記しています。旅の困難は物理的なもの
だけではなく、その群れの状態が原因であったようです。
モーセの仕事は多忙を極めていました。群れを裁く責任が、彼一人に集中
したのです。多くの民を率いて旅をするのですから、実際に微にいり細にわ
たって彼が判断したとは思えませんが、民の裁きの責任が、彼に重くのしか
かっていました。人々はモーセの裁きを仰ぐため、列をなして押し寄せてい
ました。もとより器用な人間ではありません。神の召命を受けた時、頑固に
拒み続けた経歴をも持っています。彼自身、指導者として民の前に立つのな
らば、自分の話し下手なところが致命的だ、と思ったからでしょう。にもか
かわらず神さまはアロンという助け手を与えて彼を民の前に立たせました。
かくしてイスラエルは寄留の地であるエジプトを出発しました。エジプト王
であるファラオの追っ手をふりきっての逃亡でした。
途中、モーセは旅の困難につぶやく民に手を焼きながらも、神さまの助け
を得ながら道を行きました。しかし、誰もその責任を分かち合おうとする者
がいなかったことが、彼を悩まし続けました。ある日、彼の舅であるエテロ
が訪ねてきます。エテロはモーセのやり方を見て、「どうしたことか」と思
います。そしてモーセに助言するのです。
モーセよりも人生経験が豊かであったエテロは、責任と役割を分担する事
を提案します。「千人隊長」「百人隊長」「五十人隊長」「十人隊長」を立
て、普段の民の裁きを担わせるようにとアドバイスするのです。モーセ独り
に民を率いる責任を負わせないで、仕事を分担させる事によって、彼の負担
を軽くする方法です。神さまの命令がモーセの上にあるならば、そのような
やり方で、神さまは彼を任に堪えるようにしてくださると言うのです。
モーセはエテロの言う事を聞き入れました。その結果、すべてがうまく行っ
たとは言えません。それ以後も、やはり様々な問題が群れに起こりました。
しかし、モーセ自身も民も、疲れ果てることを免れ、約束の地を目指す事が
出来たのです。
神さまはモーセにエテロを遣わし、指導者の力にまかせて民を率いるので
はなく、人々が共に労し、役割を担い合う中に、神さまの導きを見出す群れ
を起こされたのです。強烈なリーダーシップでは確かに人を魅了するかもし
れません。しかし、キリスト者の群れは、指導者一人の人柄や才能に率いら
れるものではありません。
人々が真の神を尋ね求め、神の業に召されて、その働きを担い合う群れなの
です。
もう一つ大事な事が、聖書の箇所から学べます。それはモーセが舅の助言
を聞き入れたことです。助言はしばしば批判として受け取られます。エテロ
も「あなたのやり方は良くない」とはっきりモーセを批判しています。モー
セが傲慢な思いに捕らわれていたら、エテロの助言は空しく退けられていた
ことでしょう。年長者である舅の言葉を軽んじていたら、モーセはなお自分
のやり方に固執し、民は収拾つかない状態に陥っていたでしょう。彼が神さ
まの召命をなんとか逃れようと拒み続けたエピソードが出エジプト記3章以
下に記されていますが、彼の自信のなさが功をなした、という言い方も出来
るかもしれません。いずれにせよ、自己を絶対化する時、私たちは自分のや
り方を修正する余裕を失っていると言えるでしょう。
神さまは決して人間一人の力に負うのではなく、一人ひとりを器として用
いてくださりみ業をなされる、という事。お互いがその働きを担い合うこと
によって責任を分担し、人が、そして人々が、疲れ果ててしまうことがない
ように導いてくださっている。という事。祈りに適って助言を与え、まずい
やり方を改める機会を用意してくださる。という事をみ言葉から指し示され、
心に留めたいと思います。
そして最初の弟子たちに続いて、主の招く声に身を捧げたいと思います。
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